口癖が「しかし」の人の意見にご用心!?

AさんとBさんが話しているところに、Cさんが「しかし」と割り込もうものなら、「なぜあなたに否定されるの?」となるかもしれない。

もちろん受け入れられるかもしれない。

口癖のように「しかし」を多用する人ならば、会話のつなぎや話に加わるきっかけとして受け止めてもらえると思う。

「しかし」を使うことで、話に参加したり、または現在の意見を否定して注目されたいといった意識のほうが大きいかもしれないが、的確な使い方をすれば、「何か意見を言ってくれる」と期待されることもあるので、今までにない革新的なアイデアや意見がある場合のみに使うか、聞く側は過剰な期待をせずに軽く受け流しながら聞くと、お互いがぶつからずに済むだろう。

「やっぱり」は便利だけど難しい言葉のひとつ

同じ言葉でも使い方によって意味が変わるのは言うまでもないが、この「やっぱり」というのは

賛成にも反対にもなるからだ。例として、「彼はやっぱり正しかった」「彼はやっぱり間違っていた」

という文章を比較してみると、前者は賛成の意味、後者は反対の意味がある。

また、「やっぱり」は会話上で臨機応変に使うことができて、汎用性があるとも言える。ひとつに

縛られることなく、常に変化する環境にうまく適応していることがわかるが、「やっぱり」を

多用する人とは、その意見について深く考えると臨機応変に対応できなくなるので、軽い気持ちで付き合うと振り回されないだろう。我々が普段使っている言葉だが、こうしてよく考えてみると、「やっぱり」の位置関係はやっぱり難しい。

話の最初に「さて」を使いたくなるわけは?

あるとすれば、何かを始めるときに、「さて、そろそろ準備しようかな」などといった独り言で「さて」を使う人もいるかもしれないが、これは会話というより自分自身への問いかけだろう。

もしもこの言葉を日常会話に用いたとしよう。

友人との会話中に「さて」を使うと、会話の雰囲気ががらりと変わるはずだ。

なぜなら、テレビのニュースなどのように、はっきりと区切りをつけて話す内容ではないことがほとんどであり、かえって話のつながりが不自然になってしまうからだ。

相手からは、融通が利かない人、固い人だと思われてしまう。

もし、まわりに「さて」が口癖の人がいた場合は、本人の癇に障らぬよう、言葉遣いや態度に気をつけて接するほうが安全だろう。

お騒がせな人が使う意外な言葉、それは「意外と」だった!?

コンピュータのように、言われたことだけしかしない人などほぼ皆無だろう。

人間には「自ら考え行動する力」が備わっているからだ。

誰しもが会話の最中に「意外と」という言葉を使ったことがあるだろう。

そう、この言葉の使い方に人間性が現れるのだ。

「あの人、意外と優しいよね」「この仕事、意外と簡単だったよ」などのように、会話の中で「意外と」をよく使う人は“お騒がせ人間”なのかもしれない。

そもそも「意外と」という言葉には「意外性」が含まれており、常に変化していたいという思考が存在すると考えられる。

このことを長所としてとらえるならば、発想力に優れ、枠に限定されない性格と言える。

お騒がせ人間という一面を持ちながらも、それを生かせば仕事もはかどるに違いない。

話の“ふたつの解釈”

このような人ばかりでは、当然会議や議論がスムーズに進むわけがない。

中立的な意見を出すことで、賛成と反対で揉めそうになったときに逃れることができるかもしれない。

しかし、スムーズに進行させるためには、「〜というか」のように中立に近い意見を出すよりも活発な意見を出して盛り上げることが大事なのだ。

恐れていては何も始まらない。

人によっては「〜というか」という言葉が口癖のようになっている人もいる。

そんな場合は、「〜というか」の後に、「〜したい」といった確定的な意見を述べることで、自分の意思がはっきりと相手に伝わるだろう。

語尾にちょっと付け足すだけで、曖昧だった表現が一つの意思としてみなされるのだ。